ギャランGTOストーリー 第3話

1970-1972  Colt Galant GTO-MR  (A53C-GR)

最上級イメージリーダーモデルMRの開発

1969年秋の東京モーターショーに参考出品されて
大きな話題となった2台のコルトギャランGTX-Iですが、
フォーミュラのエンジンをデチューンしたGTタイプの
人気が高かった為、70年秋に発売するギャランクーペの
フラッグシップモデルとしてクーペに積む
DOHCエンジンの製作に取り掛かる。

これは三菱初の量産型DOHCであり、
当初コルトフォーミュラのエンジンを元に開発したが
一般的に使いづらく、部品共通性も乏しく
コスト面でも不利で市販できる価格に押さえる為と、
レースやラリーでも使用できる様に耐久性も考え
OHCサターンのブロックを極力ベースに設計し、
ヘッドをDOHC化する手法を採る事となり
専用のその他駆動系等の強化も同時開発された。

発表前のMRをテストするラリードライバー木全巌氏と
フォーミュラマシンドライバーの永松邦臣氏
DOHCフラッグシップモデルMR発売。

先立って発売されたOHCのGTOから遅れる事2ヶ月。
1970年12月1日にDOHCエンジン搭載の「MR」発売。
グレード名の「MR」とは、Mitsubishi Racingとの事だが
木全氏曰くMotorsports and Rallyだと後年語っている。
その名の通りなら競技ベースとなる筈だが、三菱初の
DOHCのコスト高からか、なんと価格は114.5万円。

同時期に発表されたトヨタセリカ1600GTでは、内外装を
自由に選択できるフルチョイスシステムとDOHC搭載で、
OHCエンジンのGTO-MIIとほぼ同じ価格だった為
販売力の差もあり非常に高価であったMRの生産台数は
714台、72年型121台の835台(登録台数829)に留まる。

1971   COLT Galant GTO-MR  (A53C-GR)
DOHCエンジンの他にも、三菱初の5段ミッションと
リアアクスルにはトルクロッドを追加。
外観上はボンネット上のエアースクープと
ストライプはトランク迄回りこみ、メッキリムホイールに

ボディーカラーは、ケニアオレンジに黒ストライプと、
ロッキーホワイトにオレンジストライプの2種類のみ。
72年2月にはOHC車が1700ccになると同時に
MRは1600ccのまま72年型として小変更され販売。
17Xシリーズと同じ内外装を持つ事になり、
グレーのフロントグリルにテールランプは赤橙2連に、
ホイールとリアガーニッシュも17Xと共通のグレーに。
排ガス対策でカム変更やインマニ等の小改良を行う。

ボディカラーもケニアオレンジが消滅し新たに
ヒマラヤンブルーに白ストライプと
アテネオリーブに白ストライプ仕様が追加された。

      1972 COLT Galant GTO-MR 後期型

1970 東京モーターショー仕様
第17回東京モーターショーで展示されたMRは、
黄緑色のボディーに濃緑色ストライプだったのだが、
初期ロットで数台製作されたのみで実際には2色。

会場に機械式インジェクターを装備したMRエンジンも展示。
残念ながら市販化はされなかった。
4G32(GR) SATURN”AIII DOHC”ENGINE (1597CC)

ギャランGTX-1の様にコルトフォーミュラエンジンが
ベースでなく、OHC搭載のMIやMIIと同じエンジン形式で
解る様に、OHCのサターン1600エンジンのブロックを
ベースに、ヘッド部を新設計しDOHC化した物である。
これにソレックスツインチョークキャブレターを装着して、
125ps/6800rpmで最高速は当時最速の200qを誇った。

実はMRのエンジンは大きく分けて3種類あり、
右の黒色結晶塗装の砂型ヘッドカバーは70年試作車。
カバーは結晶塗装で”AIII GTO”となっている。
左下は量産車の71年中期型。
右下は17Xシリーズ登場時からの72年後期型。
エアクリーナの形状が異なる他、カム等を変更。

1970試作型 4G32 SATURN AIII-DOHC ENGINE 

1971量産型 4G32 SATURN AIII-DOHC ENGINE

1972後期型 4G32 SATURN AIII-DOHC ENGINE

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