About GTO

ギャランGTOとは

コルトギャラン(1969年発売)をベースに、5人乗り小型クーペとして新設計した車です。

1970年10月21日に三菱自動車工業株式会社より「コルトギャランGTO」の名前で発表されました。
(GTOとはイタリア語でグラン・ツーリスモ・オモロガーレの頭文字3字を略しており、正式に承認されたGTカーとの意味である)



くさび型のフロント部から、フルオープンのサイドウインドウ後部でホップアップし
トランクリッドの最後に跳ね上がり、テール部で大胆にもカットされたデザインは流麗かつ大胆。
このスタイリングから「Hip up coupe」とのキャッチコピーを与えられる。


●ギャランGTOの歴史・グレード構成●

当初MIとMIIの2種が発売され、シリーズ最高峰のMRは12月より発売。

MI(エムワン)サターンAIII1600ccエンジン 100馬力 最高速170km
MII(エムツー)サターンAIII1600ccツインキャブ 110馬力 最高速185km
(SUツインキャブ付高速型エンジンを積み、ハードサス、ラジアルタイヤ、ヘッドレスト一体型シート装備)
MR(エムアール)サターンAIIIDOHCエンジン 125馬力 最高速200km
(ソレックス40PHHツインキャブ付DOHCエンジン、5段マニュアルミッション、トルクロッド装備)

●1972年2月にはエンジンを100ccアップし高級感を増したGTO17Xシリーズを発売。ATモデルも追加。

XI(エックスワン)サターン1700ccエンジン 105馬力
XII(エックスツー)サターン1700ccツインキャブ 115馬力 (レギュラー仕様は110馬力)
(MRは1600ccのまま継続発売されるが、来たる昭和48年排気ガス規制の為1972年8月に生産中止)

●1973年1月には新開発のアストロン2000エンジンを積み、さらに高級感を増したGTO2000を発売。
(XIモデルのみ1700SLと名称と内外装意匠を変えるが、サターン1700エンジンのまま1975年迄販売続行)
2000SL(エスエル)アストロン2000ccエンジン 115馬力(5段ミッション車もあり)
2000GS(グランドスポーツ)アストロン2000ccツインキャブ 125馬力
(ツインキャブ付高速型エンジンを積み、5段マニュアルミッション、ハードサス、ラジアルタイヤ装備)
GS-R(ジーエスアール) 更にワイドラジアルタイヤとオーバーフェンダを装着し
MR無き後のフラッグシップモデルとして登場。(保安基準改正の為翌年8月に生産中止)

●1975年2月、サイレントシャフトを搭載し静粛性に優れた、新開発アストロン80エンジンを初搭載。
2対のシャフトを内臓するにもかかわらず、馬力などはアストロンエンジンと変わらずであった。
GS-Rも復活したがオーバーフェンダは装着出来ず、その代わりにフロントスポイラーである
エアダムスカートとボディカラーと同色のフロントグリルを装備した。

9月には来たる昭和51年排気ガス規制に対応するMCA-51システムを装着した2モデルを発表。
GS-Rと同様のエアダムスカートを全車に装着し、ミラーとワイパーをブラック処理している。
2000SL-5 アストロンMCA80-51 2000ccエンジン 105馬力(この時点でGS系はカタログ落ち)
1700SL-5 サターンMCA-51 1700ccエンジン 97馬力
翌年2月にはツインキャブで51年排気ガス規制を合格させたGS-Rが復活。

●1976年5月、GTO最後となるマイナーチェンジ。全車コーナーラバー付バンパー等安全対策も充実。
GS-Rには専用ストライプやブラックモール、ホイールリング等で飾り立てられ精悍なイメージとなった。

1970年より95720台を販売し、1977年度中に生産中止となりました。


●車体流通量●

当時のライバル車だったトヨタセリカに比べても10分の1の生産台数であったGTOは
当時でも頻繁には見かける事の出来ない車であったが
1976年にギャランΣとΛが発売されると瞬く間にヒット作となり
ブルーバードとコロナを抜く程の爆発的な販売台数を誇る。
この頃にGTOの顧客がΣとΛにかなり移ったとされ、中古車流れか処分された。

70年代後半には排ガス規制前車のブームがおとずれ、
昭和48年前後のオーバーフェンダ付の車やDOHC搭載車が希少車とされ高騰。
ギャランGTO-MRや2000GS-Rもそのターゲットとなり
本来解体行の車も引き上げられ、中古車店に飾られる事も多く
それでもタマ数が少なくなると程度の良い他グレード車に
オーバーフェンダを付けたり粗悪なパーツで飾られたGTOも流通するが
一時期の流行なのか、オーナーが複数変わり機関トラブルや
車体にもガタが出てくる個体も増え、中古車価格が付かなくなり
解体処分されたのもこの頃が多かったのであろう。

80年代中盤頃は町にターボ車が溢れ、前時代的な70年代車は見かける事が難しくなります。
殆どが解体された後なのでしょう。それでも稀に見かける事の出来るGTOはワンオーナー車か
もしくは壊れないので車検が切れる迄乗っている風のヤレた車体である事から
この頃がGTOにとっても、またオーナーにとっても一番辛い時期だった。

そして80年代も後半頃になると、現在と同じ流れとなる「絶版車」の扱いになり
GTOも実用やファッションとしてでの道具ではなく趣味の対象となって行きます。
70年代車の保存会的なクラブも各所で出来たのもこの頃が多く
この頃程度の良かったGTOが愛好家の手で今も乗られている感じでしょうか。
実際に90年代に入ってからは、ワンオーナー車が事情により廃車になる事はあっても
GTOの台数が目だって減る事も増える事もなく現在迄保っている様な気がします。


現在、絶版系中古車店で見かける事が出来るのは2000ccモデル、特にGS-Rです。
この車種は扱いやすく、GTOの中ではタマ数も多かったので
部品も困らず延命し、解体される車も少なかったと予想されます。

次に見かけるのはMRでしょうか。こちらは当時から生産台数が800台強と少ないにもかかわらず
その希少性からか、中古車価格も高値安定で、事故や致命的なトラブルがない限りは
解体される事が少なかったのかと思います。

その他グレードは古くなればなるほど当時に解体されているので
最古では40年を経過するので現存数はかなり少なくなり、実際70-72年のモノグレードは
ワンオーナーや2オーナー等や愛好家が大事に乗られている車以外では皆無なのが実態です。

なお、2011年現在の登録車両は95720台中、約500台程の残存との事です。
その内訳は、前期モデル(70-72)約150台弱、後期モデル(73-77年)約350台強である。


ギャランGTOネットワークでは、GTOを後世に伝える事を目標に
楽しくオーナー親睦や有意義な情報交換を行ってゆきたいと思っております。

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